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里山 その7−A 里山ガーデン第2日(梅田バス停〜ズーラシアの経路・尾根道篇) [中山、三保、白根?]


左の尾根道を辿ることにした。

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今回初の地理院地図を貼っておく。グリーンのラインは鶴見川帷子川分水界である。

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地理院地図を加工)

お、これを登ればよいのだな。

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たいした坂ではないが、坂道が苦手な方はこちらの尾根道を選択しない方が良い。これからあのだだっ広い里山ガーデンを歩き回るのだ。体力は温存しておいた方が良いだろう。

坂を登った上の尾根道、いい感じの竹やぶがある。

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あっちこっちに「タケノコ盗るな」の看板があり、厳重に柵がしてある。地面に埋まってるもんなら何でも持っていって良いとか思う不届き者がいるのだろう。残して良いのは足跡だけだぞ。あ、間違えた。持って帰って良いのはゴミだけだぞ(なんかそれも微妙に違うような。。。)

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良かった、右側に駐車場がある(笑)。(←水道用地に行き当たったときは左側に駐車場があったのでパニクったらしい。。。)

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右からの道と合流する。この右から来る道(振り返った右画像だと左)が谷道の方だろう。

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ああ、ちょっとだけ記憶が蘇った。確かにこっち行ったわ(笑)。できるだけ尾根(この場合ズーラシア敷地内)に近い方辿る、という尾根サーチャーの性が当時も働いたのかもしれない。
要は谷道、尾根道どっちでも行けるということである。地形図見た感じ、向こうからくる場合は谷道の方が急坂ないぶん楽そうな気もするが、実際あっちの方が楽である確認した。まあどちらでも行けるということで。(いい加減なレポートだなっ)

直進する。

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分岐、左は里山ガーデン西側の尾根道に合流し武蔵中山台に至る道路である。

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この「ズーラシア」の看板の唐突さに以前も「はぁ?」と思った記憶がある。

いかにもサイクリングな格好をした方が、この看板を見て戸惑われていた。

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サイクリングの方はその後、結局会場内を自転車を手で押して行かれたようだが、もしかしたらこんなもん(里山ガーデン)が開場していたことをご存じなかったのかもしれない。元々この道は自転車も走れる程度の山道のまま直接ズーラシア道路に通じていたのである。

会場までは軽い上り坂である。

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下界、いや、もはやどちらが下界かわからぬところに出た。おしっこ禁止分岐である。(名前を定着させるな)

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梅田のバス停から里山ガーデン(植物園)までは15分。ズーラシアの北門まではプラス数分だが、北門が開いてなければ正門までさらにプラス10分ほどかかる。


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里山 その6 里山ガーデン第2日(梅田バス停まで) [中山、三保、白根?]


なんかきのうはものすごい雨が降っていたが、とりあえずは雨が上がった日曜日である。このシリーズのまとめとして、里山ガーデンのまだ見ていない部分、とくに評判の「大花壇」を見に行くことにする。(おおっ!)
以前にも書いたとおり、一応断っておくが、このシリーズは「里山ガーデン」の紹介ではない。しかも今回はあとで分かるのだが、紹介どころか現場の状況がかなり惨憺たることになっていたのである(笑)。いや、笑っちゃいけないな。

どんよりとした都内の生活よりも健康的なせいか朝早く目が覚め、実家を出たのは破格の朝8時。なめこさんのぷに足では正面入口までには1時間かかると以前書いたが、それでも開園前に着いてしまう。ということでここは一つ、三保方面から里山ガーデン、もしくはズーラシアに行かれる方のために、西側からのコースを探索レポートしてみよう。言うまでもないが、このコースは車は不可である。強引に車をねじ込んでも、駐車する場所がない。

既に記したかもしれないが、以前の尾根探索のときに一度、ズーラシア側から逆に三保方面、梅田谷戸に出たことがある。例の「おしっこ禁止」のすぐ脇にあるおしっこ禁止分岐(勝手に名前付けるな)を下っていく道である。だがこれも前にも記したように、画像がまったく残っていない。なめこさんの淡雪のような儚い記憶もほとんど残っていないと言って良い。よって一度通った道だが初挑戦である(意味ワカンネ)。これはもうワクワクする(すんのかよ)

雨上がりの朝 届いた短い手紙 なので、路傍の花もみずみずしい。これはおっかのう〜え系か?(最近歌ネタが多いな)

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目指すはズーラシア内にあるあの四角い鉄塔の方向だ。(どこだよここ)

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おおおっこれはっ!

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街の小さな教会で結婚式をあげるカップルにキスを強要し、サンバを踊りだすという、あの凶暴な昆虫である(また歌ネタかよ)。なんと恐ろしい港ヨコハマだ。はっ!動くとやられる!
確かこいつは益虫の方で、もう少し星の数が多くなると害虫になるのもいるらしい。だが虫にいいも悪いもあるか。サングラスかなにかかけて「へっへっへっ人間を困らせてやるぜ」などと宣言する虫を見たことがない。いや待て。ゴキブリだけは言ってそうだな。あれは悪い。凶悪である。絶対サングラスかけてるか「いーっ」とか叫んでいたりしてるはずだ。

こっちは一日しか咲かない花なのだそうである。

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毎日別のやつが咲くので一日かぎりであることが気づかれないらしい。なんだか地味に悲しい花である。(ごちゃごちゃ寄り道しているが、あんたは里山ガーデンに行く気はあるのか?)
いや良いのだ。この辺りも元々里山である。いや今でも里山のようなものだ。里山ライクといったところか(また英語かよ)

この後しばらくは色々とトラウマのある地域を歩いたので18分後にワープしよう。(は?)

振り向いて撮った画像だが、川井本町の交差点、歩道橋の下は国道16号、手前が横浜、向こうが八王子である。そして歩道橋を渡って来て右方向が我らが三保道路である。これを北、中山方面に向かって歩く。

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信号の向こうの少し道路が盛り上がって見える部分が、鶴見川帷子川分水界である。その向こうに見える水路橋の少し手前を横切る緑区旭区界は分水界ではない。

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道路上での分水界は、このひとりぼっちのBirthdayなバス停あたりである。(それ誰もわからないから)

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これが何度か話題に出た梅田谷戸水路橋。

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道はこの先下りになる。降った先の谷が梅田谷戸である。

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梅田谷戸では、例の儚い記憶を元にこれだろうと思うこの道の分岐に片っ端から入ってみたが、すべて外れであった。
ズーラシア駐車場近く、かなりいいところまで行く道もあったのだが、「水道用地」という恐ろしい地帯(何が恐ろしいんだよ)に阻まれ、断念した。
このピッカピカの三保道路と並行する旧道を辿ったりもした。それはそれでなかなかに趣があったので、また別に機会にもやってみよう。

というわけで先程の梅田谷戸水路橋の下からまた40分ほどワープする。既に里山ガーデンの開場時間(9:30)を過ぎた。里山ガーデンもしくはズーラシアの開場のアナウンスを、私は上の恐ろしい「水道用地」へ行く道の途中で聞いた(笑)。

バスに乗って来られる方は、この「梅田」のバス停で降りられると良いだろう。もう一つ川井本町寄りの「梅田谷戸」で降りては行けない。あの恐ろしい「水道用地」に迷い込むことになりかねない(笑)。

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このときは見逃したのだが、後でこの奥(中山側)にこの付近の案内図があることに気がついた。

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ご参考にされるとよろしいだろう。

バス停脇の道を入っていく。これは角度的にバリンバリンの旧道分岐である(ピッカピカの新道から斜めに分岐してる道はたいてい旧道ですよね)

すぐにY分岐がある。

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ここで一瞬迷った。地理院地図を見る感じ、右は谷筋、左は尾根筋でそれぞれズーラシア方面に向かうようだ。右の谷筋が多分前回通った道だろう。川の流れのようなものがあったのを覚えている。だが、ダ・カーポ状態(雨上がりの朝と言え)の谷筋、川筋を行くのはちょっと躊躇する。前回なぜ谷筋を辿ったのかのはっきりした理由は不明だが、何も丹念に前回のコースを辿る必要もない(今さら何言ってんだw)。未知の尾根筋が地図通り通じていない可能性もあるが、道が途切れていたら引き返せば良いのである。ということでここでの私は左の尾根筋を選択することにした。

だが、ご覧になっている皆さんは、この日の私と同じコースを辿る必要はない。
先ほどの案内図には、右の谷道には「山道のため注意!」という注釈があるが、左の尾根道は何のコメントもないどころが、道が途中で途切れている(笑)。後日(翌週5/21)私は右の谷道も辿って見た。
そこでこのブログもここで分岐にしよう(なんだよそれ)。どちらを辿るかはあなたの選択次第である。ただし片方はハズレである(どちらも里山ガーデンには行かれます。ハズレとは別の意味です)。ということでご健闘を祈る。


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里山 その5 秘境・三保の大谷 [中山、三保、白根?]


里山ガーデンに出かけてから一週間経った。例の「秘境」が気になって仕方がない。

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いわゆる谷頭というものは、下流側から見れば源流域、何かこう、神秘のベールに包まれたところである。

前記事で述べた住宅地下の田んぼに流れる2本の川の上流に源流域と思われるところがあった。いわゆる里山として放棄された部分、荒れ地あるいは藪々でとても入っていけそうなところではなかった。そして今はここも住宅地になっていて、源流地感は見る影もない。
ところがこの「秘境」、神秘の源流域を先に見てしまったのである。それも谷頭側から、しかも安全圏の住宅地の一般道路からである。

源流域と言ったが、実際に源流があるとしてそれはどこにつながっているのか?この風景を眺める道路は区界、鶴見川帷子川分水界である。道路の北側なのでこれは鶴見川流域だ。つまりはあのイノシシが出ると言われる小山田の源流域と同等の源流域なのである。ただしこの4月のぽかぽかした季節、藪の中にもそもそ入っていって源流を探る、なんてことはしない。ここは源流探索サイトではないのだ。あくまでも尾根変態 尾根探索サイトである。いやそういうサイトの趣旨だの管轄だのはどうでもいいのだが、少なくとも今回は水路探索ではないということは予めお断りしておく、
だが、この藪々の先がどうなっているかは興味がある。この先海まで藪ということはない。私は電車でも車でも徒歩でも鶴見川は何度も渡っている。そこは藪ではない。どこまで藪なのだろうか。できるだけ藪に入らないで藪に近づこうというのが今回の記事の内容である。

神奈中に乗って「薬師谷戸」バス停で降りる。

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薬師谷戸とは、ここで何度か名前の出ている梅田谷戸とは別筋の谷戸である。川井方面から「三保道路」を北上すると、梅田谷戸水路橋の手前あたりで分水界越えをして梅田谷戸に入り、道路はしばらくは谷筋を走るが、途中でぷいっと右(東)へカーブして再び峠越えをし(これが実に不可解なのだが。。。)、下って少し行ったところにこのバス停がある。当初、三保道路が梅田谷戸から乗り換えたこの谷そのものが薬師谷戸だと思っていたのだが、そうではないようだ。
なんかすごいサイトを見つけてしまったのである。ご紹介する。 字名から丹念に調査されているようだ。こういうサイトは本当にありがたい。
三保町の地名」のページを見てみる。こちらの地図によれば、三保道路が梅田谷戸から乗り換える谷は久保谷戸薬師谷戸はその支谷にあたる。つまるところ、件のバス停の位置はその支谷の入口にあるということになる。
「久保」という名称は三保町の旧村名である。つまりはこの村の名称となっていた谷戸沿いが当時の久保村のメインストリートだったのだろう。リンク先にある「三保」の由来となった3つの谷戸はどれなのか気になって調べていて上記サイトに行き当たった。おそらく3つの谷戸とは、支谷を含めて西から梅田谷戸長谷戸久保谷戸ではないかと思う。それ以外の支谷を含めためぼしい谷戸は三保町の領域ではない。

例の秘境の谷は、別のページの地図になるが「大谷(おおやと)」とのことである。久保谷戸からさらに東に位置する。つまり久保谷戸(薬師谷戸)からスタートすると「大谷」へ行くには物理的にはもう一度山越えをしなければならない。

バスで「大谷」、秘境の谷頭に行くのであればひかりが丘団地が便利である。しかし残念ながらそちらのバスに乗るには前々記事の帰路のように鶴ヶ峰駅まで出なければならない。今日の出発地からは面倒である。なので元々は目的地までは歩いて行くつもりだったのだが、16号まで出たらたまたまバスが来たので乗っちゃったわけなのである。
ところがこのバス、行き先を言わないと乗車させてくれないという世にも恐ろしいバスで(単に降車地申告制だろw)景色見て適当な場所で降りる魂胆であった私は、とっさにバス停名が出てこずパニクってしまった。結果出てきたバス停名が「やややややくしやと」だったわけだが、これは少し先すぎたようだ。だがまあ良い(薬師谷戸に下る前の峠の辺りで降りるのが正解)。川井からフルに歩くよりはマシである(次記事でやります(笑))

武蔵中山台へ通じる道路を登る。最初の記事で書いた、車で登っていったらいつのまにか中山にでててへっ♡となった道路である。武蔵中山台を抜けひかりが丘団地までの間、左側がこの秘境である。

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もう素晴らしすぎます。ナイスですね〜♪(いつの時代の誰のセリフだ?)


今いるのは「台村町」の文字が描かれている下の一点鎖線が下にへこんでいるあたり、その上の縦に細長い谷が目指す秘境谷「大谷」である。(因みに里山ガーデンは概ねこの一点鎖線の下、左側です)

ここからは直接降りられない、秘境たる所以である。左右どちらかの尾根を辿って適当な降り口を探すしかない。
右側は神奈川大学付属高の敷地になっていてそちらからは入れそうにない。なので左に行ってみよう。

前にも書いたが、この道には途中で右に分岐する道があり、それが区界、分水界方向である。右画像はその右の道に乗っかったもの。

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ここから「里山ガーデン」の会場が見下ろせる。鯉のぼりがいっぱいいるのがおわかりになるだろう。

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少し行くと、右に曲がる道がある。地図に描かれている細い尾根道だ。右画像はそれを右に曲がったところ。

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因みに左画像中央の電柱の左に見える道、これは行止りだが、区界と分水界はこちらに続いている。電柱の向こうに見える住宅地は武蔵中山台。

さて尾根道、山道のようだがこの季節、入っていけるかどうか。
何のことはない、快適な道だ。眺望も頗る良い。

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見晴らしはいろいろなものが見えているようだが、今回は分析しない。

右に分岐がある。藪っぽい。

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変な生物のくせに変な生物が嫌いななめこさんはキメ顔でスルーすることにした。

さらに快適な道が続く。右に分岐がある。藪っぽい。

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変な生物のくせに変な生物が嫌いななめこさんはキメ顔でスルーすることにした。(何かのゲームかよ)

さらに快適な道が続く(暗いので不穏に見えるが快適な道である)。右に分岐がある。藪っぽくはない。

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変な生物のくせに変な生物が嫌いななめこさんはキメ顔でこちらへ進むことにした。(やっと谷に向かうのか)

このサイトの趣旨的には直進して尾根を極めるのが本来だが、今日のところは勘弁していただきたい。どうせどの辺りに出るかはわかっている。興味ある方は適当にググストって頂きたい。(尾根の出口は見れないが、そこから先、データはとぎれとぎれだが住宅地をかなりの距離バーチャル尾根探索ができます)

坂をぐいぐい降りていくとやがて下界が見えてくる。

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「大谷」、見事な谷戸、里山である。つまりここは人間の領域だ。これを上流の秘境方向へ辿ってみよう。

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左上(右画像)に、神奈川大学の施設、高校の校舎か何かであろうものが見える。

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退屈かもしれないが、私はこういう風景が好きなのである。ご勘弁いただきたい。

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前に支尾根が突き出しているので左に曲がる。そしてまた右へ曲がる。

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この辺りで行止りのようだ。

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行けないこともないだろうが、紐張ってあって私有地然としてるし、遠慮しておこう。
この向こうがあの秘境藪であることは確かである。

右側に上へ登る道がある。

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位置的に、尾根道に入ってから最初にキメ顔でスルーした分岐に通じているのではないだろうか。藪っぽい。
変な生物のくせに変な生物が嫌いな(それ、もういいから)

それでは引き返そう。

奥が見通せる位置からの画像。こんもりとした木や草の向こうに団地と里山ガーデン会場がある。

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戻って先程の山道の出口の辺り、ここから今度は下流方向に道をだどってみよう。いったいこの谷はどこに出るのか。

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因みに、無敵のGoogleさん(Street View)はちょうどこのあたりで引き返している。そこから先の画像(今までの画像)はこのサイト限定公開ということになる。(何が限定だ)

住宅地に入りしばらく細い道が続くが、だんだん広くなってくる。

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先程のYahoo地図には描かれていたが、このときはここで初めてここが台村町であることがわかった。地元の方はどうだかわからないが、バスや車の運転で知っている程度の方に取っては、台村町といえばもうバリバリの「中山」である(あとでわかります)。なのでちょっと意外な感覚である。

今まで谷戸だの源流域だの言っているが、既にお断りしたとおり今回は水路探索ではない。だがここで初めてリアル水路が登場する。

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進行方向右側に川がある。右画像は水路を振り返った方向。

右側の緑の網の外は川、というか遊水池である。このまま川に沿ってこの道(バスが通っている)が続くと思ったが、谷筋(川筋)は左方向にカーブする。

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なので我々も左に左折する(右画像)。暗渠になっているのか、川は姿を消している。

直進方向のバス通りは坂を登り、ちょっとした山越えをして中山駅の方に通じている。縦に細長い台村町の領域はその道に沿って中山駅の方に伸びているようだ。先程の三保道路といい、どうもこのあたりの幹線道路は素直に谷筋を進まず山越えをしたがる性質のようである。謎だ。

この先、幼稚園のグラウンドを回り込むところで、再びリアル水路が姿を現す。

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そちらには道が無いので、今歩いている道なりに左へ進む。この川を境界として町名が台村町から三保町に変わる。左方向には例の三保道路が走っている。つまり今で辿ってきた谷筋「大谷」はここらあたりで久保谷戸に合流するのである。川(水路)自体の合流点は確認していない。またここで町名が変わることによって、「大谷」全体が三保町の領域には入っていないことになる。

直で三保道路に出てもつまらないので、集合住宅の中の道を歩く。

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最終的に三保道路に出てしまったが、おっとその前に、右にオートバイ乗入禁止の怪しい道がある。

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明快に暗渠である。

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大きな通りに出た。

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この道路がなんという名称なのか私は知らない。管轄もよくわからない。この辺りの横浜線の南側に沿っている広い道路だが、調子こいて長津田方面に向かうと、町田方向には向かわず、いつのまにか道が狭くなって無理やり厚木方向の246に合流させられてしまう。逆方向に向かうとなんだかよくわからないトンネルをくぐらされてT字路にぶつかり、その直前の標識には梅の木だの上菅田だのあさっての方向の地名が記されている。横浜線に沿って鴨居、小机方面に向かうには、テクニカルに狭目の道に入っていかないといけない。学習能力のない私はこの道に何度もだまされている(笑)。アップダウンは多いし、片側二車線なのに左車線にはアホな車が何台も駐車しまくっている。日本一無能だと言われるどこだか県警も取り締まるつもりはないらしい。痛い目に会いたくなければとっとと中原街道か環状4号に逃げ込むのが良いだろう。

くどいようだが今日は水路探索モードではないので、この先、辿ってきた暗渠がどこへ向かっているのかは調べていない。地図を見たら延長線上に斜めの角度の道があるのでそれだろうか(Street Viewが部分的にしかないのでよくわからない)。いずれにせよ、横浜線の線路の向こう側には、鶴見川に合流する直前の恩田川が流れている。どこかでそれに適当に合流するんだろう(と、適当なことを。。。)

中山駅が近い。今日は横浜線で帰ろう。

大通りを右方向にちょっと歩くと台村町の交差点、

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中山駅に行くにはここを左に入って行く。バスも狭い道をぐいぐいと入る。
それにしても、あんな山奥まで台村町だったとは今日初めて知った。

中山駅である。

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里山 その4 里山とは何か [中山、三保、白根?]


里山ガーデン、あるいは本記事のタイトルである「里山」とは何であるかを考える。「全国都市緑化よこはまフェア」のサイトには、大々的にイベントのタイトルにしている割にはそのあたりの記述がない。私の探し方が悪いのか、それともなんとしても市営バスに乗って(相鉄や神奈中も走ってます)現地で確認しろということなのか。 例によってWikipediaはごちゃごちゃしていてよくわからない。本家本物っぽいこちらが参考になるだろう。


世界の話をするとまとまらないので、とりあえずこの極東のちっちゃい国の話に限定する。
かおるちゃん的にわたくしの見解を述べますならば、「里山」とは「人間系が介在することによって、自然の非平衡定常状態が保持されるシステムの場」ということができると思う。大雑把杉で「里」も「山」もないじゃないか、というのであれば「人間の生活に都合の良い」とか「主に農業生産を中心に」とか「オリジナルの自然環境を基盤として」とか何か適当に加えれば良い。「自然の非平衡定常状態の保持」は漁業などでも行われていると思うが、それを「里山」というかどうかはわからない。何なら最初の定義だけ残して「里山」という言葉をやめてもいい。いやそれだと「里山ガーデン」の話ができなくなるな。要は農業だろうが港ヨコハマの市役所御用達の野山だろうが、その場所が「人間系の介在にによる自然の非平衡定常状態」であるという部分がこれからの話のキーなのである。
、、、と、ここまでで、閲覧者のほとんどが脱落しただろう。(おい)

まとまりのない記事である。次記事の前振りとして書いていたつもりがついつい長くなってしまった。なので以下は読まなくても良い。私自身が再読していやになったら削除するかもしれない。(おいおいおいおい)

話を続けよう。
熱力学などというものはもう何百年もやっていないので(は?)認識違いもあるかもしれないが、そのあたりはニュアンスでご理解いただきたい(また雑なことを)。非平衡とは、エネルギーや物質の出入り、流れがある状態、非平衡定常状態とはそのエネルギーや物質が出入りしているのも関わらず、いや出入りしているからこそかな、エントロピーがばんばか増大せず非対称的な状態が持続していることを言う。通常は色々な物質だか何だかが雑多にあると、放置しておけばそのうち混ざり合って混濁し、私の部屋や私の意識のような状態になるわけだが、外からのエネルギーや物質の補充によって、何かいい感じまとまった状態がなんとなく続いていく、ということがあるということである。
これは何も「里山」などというものを持ち出さなくても、身近に見ることができるものである。一般には生物がそうであるし、地球そのものもそうだ。地球なんぞは周りが真空に囲まれてエネルギーや物質の出入りが無いように見えるが、もちろんそんなことはない。エネルギーを供給しまくっている太陽という元凶がいる(「自然の恵み」と言え)

「里山」の場合、とりあえずは「土地でも開墾すんべ〜」とかいって、適当に地面に鍬入れて、水引っ張ってきて、田畑耕して、穫れたものを食べて排泄して、おじいさんは山へ柴刈りに行って、おばあさんは川へ洗濯に行って、雑草が生えてきたら草をむしって、水が汚れてきたら水路を整備して、なんていうことを人間が何百年もやってると、川やら森やらに変なもん(変なもん言うな)がいっぱい棲み着いて、生活環みたいなものができちゃって、なんとなく安定して平和っぽい世界ができてしまった、というようなものである。人間の手で開発され、人間の手で草刈りや治水などのメンテナンスが行われるのがキモである。そしてその際出入りするものは、太陽エネルギーはもちろん、単に人の数であったり家畜であったり何かの種であったり、人間社会として考えれば商取引、諸々の技術の情報などであったりする。
よって「里山」はいわゆる天然の自然ではない。だが自然である(何言ってんだ)。人間系を含めた自然と考えれば良いのである。人間はお猿から進化した立派な自然の生き物である。

だが現代の人間はどうだろう。別にアンドロイド化しているわけでもなければ、初音さんみたいにバーチャル化しているわけでもなく、依然自然には違いない(アンドロイドも初音さんも自然の人間が産み出したものだから自然だろうとかめんどくさい話は置いておく)。だが「里山」という観点からすると、それに参加していたときの人間の自然性からは遠くかけ離れてしまっている印象だ。「里山」が人間にそぐわなくなったのか、人間が積極的に「里山」から離れていったのか。その要因を考えれば、「産業革命」とか「近代社会」とか「米本位制以外の社会」とか色々出てくるだろう。これらが流入していくることによって、「里山」としての定常状態が保たれなくなる、いやそれどころか「里山」の存続自体が危うくなる局面が出てきた。それでも都市部を除けばまだ多くの「里山」は壊滅的なことにはならず何とか踏みとどまってはいたといえる。だが徐々に「近代社会」の原理で動く「都市部」によって「里山」は侵食されていく。

この侵食には2つのパターンがある。「里山」が直接「都市部」の「開発」というアタックを受け消滅していくパターン、もう一つは直接的なアタックは無くとも諸々の要因で「里山」が機能を止め放置され消滅していくパターンである。
前者に関しては、日本では弥生時代から始まった人間系が介在した自然に対する「里山」という「開発」の次のステップの「開発」、新しい定常状態へ遷移する過程と言えるかもしれない。それにしては変化があまりにも急だ。いつ落ち着くかわからない。幸か不幸か、私たちはその時期に立ち会わされているのである。この状況に関して感情的には批判的になるが、全否定はできない。そういう社会の恩恵に乗っかってしまっているからだ。とりあえずは放射能だの二酸化炭素だのをばらまいたり、つまらない意地の近代戦争という自然破壊や殺戮をやらないでいただければそれで良い、とだけ言っておこう。今は議論しない。
問題は後者である。放置された「里山」は、人間の手が入らないことで一気にエントロピーが増大し、いわゆる藪、荒れ地化してしまう。テンポラリなものでいずれは前者のような「開発」アタックを浴びせられるものもあるだろうが、そうなる前、あるいはそうならずにずっと放置されているこの状態がまずい。これを「自然」だと思う輩がいるのでますます始末が悪い。一度人間の手が入った自然は、何らかのメンテナンスをしないと別の自然に変化してしまう。前者とは別の意味でのエントロピー増大によるこの急激な変化は、数千年の歴史の中で、たったここ数十年で起きていると論じられている方もいらっしゃる。自然保護と称しこの別の自然を「自然」と断じる覚悟があれば良いが、外来生物などが入ってきている現代において、元々の天然の自然に戻るということは期待しないほうが良い、ということである。

里山ガーデンの話に戻る。
既に述べた私の記憶にある里山ガーデンができる前の光景は、おそらく上で述べた後者の一歩手前であっただろう。手前というのは、耕作などの生活の場は終了していただろうが、人間の手は微妙に入っていたと思われるからである。例の「創造と森の声」の方々や地主さん、あるいはご近所の方々の手によるものだろう。とくにご近所の方々というのは、仮に何をしたということでなくても、その場をお散歩などで歩くだけでも、道が維持され、場所も維持されるのである。
そして、里山ガーデン、のちには「植物園」として開発が行われる。開発ではあるが、これである状態に落ち着くことになるだろう。これ以上変なことをしなければ、人工的ではあるが、「自然」として維持されることになる。システムとしてはいかにも「里山」っぽい。
だが、ビジュアルな形態として、これは「里山」なのだろうか?ワイドな舗装道路に似非汽車ポッポwが走り、いたるところに人工的な花壇が造られ、大掛かりな橋が架けられ、遊具が点在する、これは「里山」だろうか。「開発」に文句を言っているのではない。「里山ガーデン」という命名に文句を言っているのである(笑)

私が幼少の頃、住んでいる住宅地の下の細長い谷に細長い田んぼがあった(あんた多摩川に浮かんでたんじゃないのかよ)。いわゆる谷戸田である。細長い土地の両側に農道と小川がそれぞれセットで有り、その間を狭い畦道が梯子のように結んでいた。私の「田んぼ」についてのイメージはこれである。だから平野部で平安京みたいなマス目になっている広大な田んぼをみかけるとなんかすげーと思ってしまう。
両側に川があるのがポイントである。都内の地図をみていると、細い川が等間隔で平行に流れている場所がいくつかあり、そういうものを見つけると私は思わずニヤニヤしてしまうのだが、アレも元々おそらくそうであったはずだ。
小川には変なもん(変なもん言うな)がいっぱい棲んでいた。川の向こうが段になっていて道が通っているのだが、その向こうは森である。そこにも変なもん(変なもん言うな)がいっぱいぶ〜んぶん飛んでいた。地面には変なもん(変なもん言うな)がいっぱいにょきにょきと生えていた。私が入学した小学校が開校する前、それ以前の最寄りの小学校がものすごく遠いので、この農道を通って通う別の小学校に学区変更してもらおうという動きがあった。その話は新校の開校で消滅したが、実に危ないところであった(笑)。

田んぼと言ったが、当初は確か休田状態だったはずである。泥の中に刈り取られた稲の根元側が顔を出し、まさに地図記号の水田状態であった。「里山」が終焉していたのではない。「減反政策」によるものだろう。その証拠にある年突然、青々とした稲が植えられ、まさに田んぼ of 田んぼになった。やるじゃん田んぼ的な?。(語彙が貧困だから相変わらず表現が雑だ)
その年だけだったのか、それが何年か続いたのかは記憶にない。やがて耕作はされなくなり、いつの間にかそこは田んぼではなくなった。いよいよ「里山」状態の終焉である。
細長い谷であるが、ところどころ支谷があった。藪になっていたところもあれば、上の年に田んぼとして復活したところもある。これらがごっそり住宅地になり、メインの谷以外はどこに谷があったかもわからなくなった。私が住んでいた住宅地(ここは元森である)の反対側の森だけが公園として残った。
小さい頃はとても一人では行けないほど遠い1kmほどです)この谷の下流域には奇跡的に田園風景のようなものが残っている。いやあれは田んぼじゃないな、ほとんど畑か遊水地である。小学生で免れた畦道通学だが、高校になってからこのあたりの農道を自転車通学することになった。恐るべき港ヨコハマの話である。

どうも「里山」だの「谷戸」だの言うと、あの頃インプットされた風景を思い出す。当時出会った森や川に棲息する変なもんの皆さん変なもん言うな皆さん言うな)はもはやトラウマレベルである。

10年ほど前になる。こどもの国線に乗ってみたくなり、終点まで乗って適当に歩いてたどり着いた「寺家ふるさと村」、ここに当時の原風景を見た気がした。

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ワイドな舗装道路あんじゃん、という突っ込みはいい。私も今画像を引っ張り出して気がついた(笑)。

里山ガーデンに「里山」的要素がまったくないわけではない。それは前記事に示した通り。だが「里山ガーデン」という名称にはいまいち物足りなさを感じる、それを言いたいためだけにこの長い文章を書いた。




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里山 その3 里山ガーデン第1日(外周園路) [中山、三保、白根?]


この記事を書きながら、前記事でご紹介した「まちへ、森へ。」を見ていると、この日私が見たのはこの広い野原いっぱい♪ 里山ガーデン会場のごく一部であったことがわかる。しかも私が行ってない道の方がなんかいいものがいっぱいありそうである。微妙に腹が立つのだが、このイベント自体は6月までだ。また実家へ帰ったときに再訪してみよう。どうせ無料である。家族連れのお父さんが「こりゃ一日じゃ周りきれないわ。お父さん一本取られたな」と話していたことを思い出す(後半は言ってねーよ)

一応言っておくが、例によってこのブログの記事で里山ガーデンに関する何か有意義な情報を得ようとしても無駄である(笑)。この広い野原いっぱい♪ 会場の1/3も見てない上に、尾根変態に特化された内容の記事である。カタギの人は閲覧しない方が良い(笑)

いつもみたいに、地図貼って矢印とか書くとかめんどくさいので、歩いたコースをここの地図でざっと説明する。正面入口から外周道路(点線が引いてある道路)を東入口まで歩く。説明終わり。(え?)
この点線が何を意味しているのかはすぐにわかる。

前記事で紹介した画像、正面入口である。

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横浜市民にはおなじみの市営バスが鬼のように停まっている(なめこさん、説明が雑だぞ)。相鉄や神奈中にばんばか身売りして旭区内には若葉台以外ほとんど走らせていないくせに、こういうところではしっかり儲けようとする、実にけしからん>市営。(若葉台以外も走ってます(笑)(pdf)

奥に進む。

おおお、おおお、おおお、なんかものすごくきれいだぞっ。

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つかみはOKというやつだ。堪能した人はここで引き返しても良いいやよくない

外周道路に進む。

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この辺りは前記事の2016年1月1日の時点で塞がれていた分水界尾根道ではないか?山道だったはずである。何なのだ?このワイドな舗装道路は。 

元尾根道だからといって、おしっこしちゃだめだぞ。(尾根道じゃなくてもだめだぞ)

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遊具っぽい施設があるが、こんなようなものは開発前からあったような気もするのだがどうだっただろう?気のせいかも。

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左に分岐して下る道がある。木々の向こうに駐車場が見えるこの道に私は記憶がある。三保の梅田谷戸方面に向かう道である。尾根探索コースとしては、ズーラシア内部が辿れない場合迂回路となりうる道でもある。

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だが、「通り抜けをご遠慮ください」と書いてある。え”?通っちゃだめなの?

元尾根道はつづく。

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この分岐である。ここでさらに色々な記憶が蘇ったのだ。

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この左の道が、武蔵中山台に向かう本来の尾根道である。ここより手前、つまり向こうから来たときはこの先、先程の梅田谷戸分岐までかなり草深かった(道自体というか周りが)ような気がする。そのときは最初梅田谷戸方面の道を行き、どんどん下るので引き返した記憶がある。今はその区間はワイドな舗装道路に吸収されてしまった。

本来の尾根道が、ワイドな舗装道路と柵越しに並行する。なぜこの部分はワイドなに吸収されなかったのだろうか?地権か何かの問題か?

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右画像で尾根道とお別れ、と思ったがすぐにまた出会うことになる。
フェンス越しに見えるタワーに記憶がある。形状ではない、そこはかとない「たたずまい」にである。写真撮ったような気がするなあ。

公園化することが悪いということは今ここでは言わない。だが、何でこんなだだっ広い舗装道路をつくる必要があるのか?
元凶はこいつらである(笑)。

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このタイヤで走る似非汽車ポッポを走らせるためのワイドな舗装道路だろう。こいつらは先程地図の点線の経路を走っている。里山ガーデンのコンセプトにおいて何でこんなものが必要なのかとも思ったが、まあお祭りみたいなものだからいいのだろうか?これ、植物公園になっても残すのかな?だったら嫌だが(笑)。
まちへ、森へ。」の開発前の記録を見ると、私は足を踏み入れていなかったか、記憶がないのだが、今の外周道路の東側の部分にはある程度舗装道路は既に存在していたらしい。だがこれほどワイドではなかったようだ。

こちらも先程の梅田谷戸分岐と同じ「生活道路」出口で「ご遠慮ください」とあるが、皆さん堂々と出ていかれる。反対側がどうなっているのか見てきたのが右画像である(あんたご遠慮しなかったのかよ)

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反対側には「公園内でのお願い」が掲示しており、つまりはウェルカムモードである。出るのはダメで入るのはいいらしい。江戸時代の「鉄砲」の逆、「女」状態である。
実はここで出てきたところが、先程お別れした分水界道の続きの道、下の画像はさっきの分岐方面だが、回れ右をすればすぐに武蔵中山台である。

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よくよく考えてみれば、このご近所にお住まいの方に取ってはこの道は確かに生活道路なはずだ。山道とは言っても例えば犬のお散歩とかはするだろう。あ、だから「公園内でのお願い」に「リードを外した状態でペットを連れ込むこと」が「ご遠慮ください事項」になっていたのか。今納得した(笑)。

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ご近所で生活していないなめこさんは、里山ガーデンに戻る。

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里山ガーデンにいるのは、ズーラシアに来たお客様が、隣でなんか無料でやってるぞ、みたいな感覚で入場されてきた方がほとんどかと思っていたが、よくみると地元民っぽい方々が結構いらっしゃる。いわゆる「生活道路」から出入りできる特権階級の方々だ。武蔵中山台は普通の戸建ての住宅地だが、一方のひかりが丘団地はそこそこに人口の多い団地である。集客という意味ではズーラシア客以外にも安定した数の客を呼べる。さぞや横浜市はウハウハだろう。あ、でも無料か。何はともあれ、ズーラシア目的でもなく、地元民でもなく、徒歩で里山ガーデンをピンで見に来たのは私ぐらいだろう。勝ったなガハハ。(何が?)

「関東平野」という言葉がある。勘違いされる方もいらっしゃるかもしれないが、東京、神奈川の大部分は平野ではない。川の下流部や埋立地を除けば、良くて台地、悪くて丘陵部、下手をすれば山間部である。現代のようにパンやラーメンや、マリー・アントワネットのようにケーキとかよりも、米がないと生きていけない時代、この辺りでは山と山に挟まれた細っこい谷で稲を耕作するしかなかった。いやポジティブに考えれば、谷が形成されている=水が流れているということである。つまり面積は狭いが水利だけは微妙に良い。そういう細っこい耕作に適した谷を「谷戸」といい、そこで耕作される田が「谷戸田」である。谷戸の話をすると長くなるしめんどくさいしアカデミックな話はまったくできないので、この先にあった看板を貼っておく。

ヒマな方は是非お読みいただきたい(また雑なことを)

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例えばこういう風景からワイドな舗装道路とモザイクを引いたのが谷戸である。

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こういう風景から鯉のぼりを引いたのが谷戸である。いや別に鯉のぼりはあってもいいのか。

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これより少し前に、右に分岐している谷があった。支谷戸とでもいうのだろうか。(なんでも無理に「支」付けるな)
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この谷に分水界を裏切った(笑)例の区界がぐいぐいくいこんでいる。右が横浜市緑区、左が横浜市旭区、どちらも街の灯がとてもきれいな「港ヨコハマ」である。

出口がある。ここにも、下に見切れている看板に「生活道路」がなんたら書いてあるみたいだが、生活してないなめこさんはかまわず外に出る。

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この道が武蔵中山台南端の道路である。お、なんかいつのまにバスが開通しているぞ

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この左上の高みが分水界である。

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この先の左側、一つ前になめこさんがこっそりと「生活道路」に抜け出した例の山道の入口があるのだが、その脇にこの上に上がる道があった。今入れるかどうかは確認していないが、2016年5月現在のGoogleStreetView(前記事(2011年)よりも新しい)では工事中で塞がれていたようである。

実は高みには裏側から登れる。裏側とは里山ガーデンの会場のことである。先程の谷戸がどうこう、港ヨコハマがどうこう言っていたあたりの北側に、気になる分岐があった。そちらへ行ってみよう。

「生活道路」から再び、いや三たびか、里山ガーデンに突入する。
例の超ワイドな舗装道路とは趣の違う山道を登る。

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正面のフェンスの向こうが下界、すぐ下がさっきの停留所があった道路である。

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尾根の左側と右側(バス停名になっている自治会館が見える)。

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眺望がいいところだが、この尾根道にたどり着けたことで満足してそっちの画像はない。

引き返して、舗装道路へ降りながら思い出した。確か最初の尾根探索のときに、GoogleStreetViewで塞がれていた入口から入って尾根をたどり、藪で進めなくなったので、途中で降った分岐道がこれだったのではないか。そして正面の区界裏切りの谷(おい)にも迷い込んだ(もしかしたらこの降り道自体も区界なのかもしれない)。とにかくこの辺りはなんだかあっちこっち行き来した気がする。うーむ、やっぱり当時の画像見たいな。なんとかクラッシュディスク、復帰できないものか。iOSアプリ初挑戦で試しに作った音楽アプリもソースごと入っているのだ(それ今関係ないから(笑))

左画像、向こうの崖下が東口である。下界、いや下界じゃないか、崖の上がひかりが丘団地、階段を登らなければ外に出られない。

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右画像は、左画像奥へ進んで90度左方向、つまり右が左画像奥に見えた崖である。奥に崖を登る階段がある。因みに今いる道の後ろ側は、例の「創造と森の声」の入口に繋がっている。

崖上からの東口俯瞰。東口は汽車ポッポの終点でもある。

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さすがにこれ以上歩く気にはならなかったので、バスに乗って帰ることにした。行き先は中山駅と鶴ヶ峰駅の選択肢があったが、横浜線は東神奈川の乗り換えメンドクセ、運賃高っ!なので鶴ヶ峰行きを選択した。

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里山 その2 ズーラシア北東尾根 [中山、三保、白根?]


鶴見川帷子川の分水界は、前記事の「秘境」から区界どおりに西へ辿る。そして道路を直進するのではなく、やはり区境どおりに右側の小さな工場がいくつかある高台を通る。高台には分岐して並行する小道があり、そこから里山ガーデンを見下ろしてみることができる(これは後でご紹介する)。下の道路が右にカーブすると、分水界と区界はそれを横断し、武蔵中山台という住宅地の南端のこれもまた道路に並行した高台に入る。区界は途中で南下して谷筋に入るが、分水界は少し西を周り、最終的にどちらもズーラシアの北門あたりに出る。ズーラシアに入ってからは前記事の通り。



武蔵中山台というのは、この地図では中央やや右上の、一点鎖線の上、街割りが細かくなっているエリアがそれである。その東側に南北に長い尾根があり、そのさらに東の谷の谷頭にあたるのがあの「秘境」である。先程右にカーブすると記した道路は三保道路に通じている。逆に言えば三保道路から登ってきて、武蔵中山台の東端を通り、ひかりが丘団地を経て、中原街道(県道45号)に連絡する道路である。余談になるが、前記事に書いたように、私は当初車で三保道路からこの道を通って中原街道に出るつもりであった。それには「秘境」の先を右折しなければならないのだが、直進し森の台、中山駅方面に出てしまったのである。中原街道からズーラシア方面に右折するのを断念したのは前記事に書いたとおり、だがよく考えてみれば、武蔵中山台から「秘境」を経てひかりが丘に向かう道路のすぐ脇に目的地(里山ガーデン)があったわけである。

区界をはずれ、武蔵中山台の南端の道路の西端から南へ入る山道がある。これが分水界である。
2005年の1月の話になる。迷路とまでは言わないが、この山道が色々分岐していて、区界の通る谷筋などに迷い込んだりもした。そこには何もなかった。
いや何もないわけではない。顕著な建築物や土木工事による地形改変のようなものがないという意味である。谷筋なので何かが耕作されていたかもしれない。なにせ画像が失われているのどうにもわからない。何もないというのは現在の状況に対比した記憶である。つまりそこが2017年4月の現在の里山ガーデンの会場になったのである。2年少し前というのは、ジョン・レノンみたいな博士に造られて120年生きているなめこさん(きのこネタだけ合ってるな(笑))にとってはごくごく最近のことである。まさにびっくりポンであった、というのがこの一連の記事のテーマの一つである。

それから1年後の2016年の元日、この日この空を撮った日である。ブログは開設していないが、既に尾根変態になっていた私は、お散歩がてら初詣してから、ズーラシアへの道路の北東側に並行する尾根を攻めて見ることにした。上の地図、「よこはま動物園」の「物」の字あたりをななめに横切っている尾根である。拡大すると尾根上をまっすぐな尾根道が通っていることがわかる。
このときの画像はいくつか残っている。本題ではないが、せっかくだから貼り付けてみよう。

中原街道側の登り口、少し行ってから中原街道の都岡側(南方向)を遠望したところである。

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尾根の高台であるためか、鉄塔が何本かある。

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当初は車が通れそうな道だったが、

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じきに山道になる。

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この先この尾根は、左側の谷筋を中原街道から入ってきたズーラシアへの道(以下ズーラシア道路とする)に乗っ取られ、ズーラシア北門あたりで鶴見川帷子川分水界に接続する。 ズーラシア道路(左側崖上)に尾根を乗っ取られた(笑)状態。

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ズーラシア道路側には柵があり、山から出られるか不安だったが、出口はあった。
向こうから来て振り返ったところ(左画像)画像右方向に出口がある(右画像)。

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ここは「創造と森の声」というグループが運営する場所への入口である。この入口はかつては別の場所にあったが、ここに移動してきた。そのことはすぐ下で言及する。

「右方向は公道への通り抜けできません」と書いてあるが、右方向から来ました。てへっ♡。

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ズーラシア道路に出て少し歩くと、北門前の右側(今まで歩いてきた森側)がこんな状態になっていた。

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今はだいたいこんな状態(笑)。

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この少し先に、分水界上の武蔵中山台に抜ける道がある。幸いなことに、GoogleStreetViewにはそれよりも前の画像が残っている。いつまで有効かはわからないが、その道の入口を貼ってみよう。



少し遠いが、道路右脇の「第二駐車場」の白い看板の手前がその入口である。「創造と森の声」の入口の看板もこちらにあったようだ。

これが2016年1月の段階で塞がれてしまっていた。

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右の地図の上の青矢印ラインはこの道路には出ないで三保道路に向かう経路をとっている。前記事で、車でズーラシアに向かうには中原街道側から入るしかないと書いたが、人間はこの経路をたどれば三保道路、梅田谷戸側から(あるいは武蔵中山台側からも)ズーラシアにたどり着くことができるはずである。だがこの状態では無理だ。
この先は行けないようなので引き返し、先程の「創造と森の声」の入口を入りひかりが丘団地へ向かう(下の青矢印ライン)。この辺りの画像はない(元々撮っていない)。
森を抜けると、左側の谷の奥にものものしいフェンスが見える。

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つまりはこのフェンスの先が現在の「里山ガーデン」ということになるが、実際はこの手前の領域もガーデンの領域であり、この後に手がつけられたのだろうか。
ちなみに今は、確信はないがこのへん、もしくは左奥の谷あたり(GPS的にはだいたい一致する)。

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自分で書いていていまひとつ盛り上がらない記事だが、普通の森が、たった2年あまり(整備自体は平成27年11月からということらしい(pdf)ので、実際は1年あまり)で、ある程度の造成をし、道路を作り、植物を植え、里山ガーデン(後日「植物公園」になる)に変容したことに驚いた、ということを書きたかったのである。

過去画像がないと言ったが、実はこの里山ガーデンの開発前の風景が見られる素晴らしいサイト、ページがある。


最初の方の私と同じようなところを歩いている部分はどうでもいい。いや、どうでも良くはないのだが、佳境は最初の「創造と森の声」の地図の画像以降である。圧巻である。私にとってはたった2年前の風景であるが、とても懐かしく思える。

このシリーズの趣旨は「里山ガーデン」の紹介にあるわけではないのだが、せっかくなので(そればっかだなw)次記事は現在の里山ガーデン(無料)に突入したときのことを書く。


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里山 その1 鶴見川帷子川分水界 [中山、三保、白根?]

実家のご近所でこんなもの↓をやっていると言うので、帰るついでにちょっと様子を見てきた。


ご近所と言っても、Googleさんに徒歩時間を聴いたら49分と出る。なめこさんの御御足 ぷに足ではゆうに一時間はかかる。それでも駅まで歩いて改めてバスに乗るよりは速いだろう。それが政令市人口No.1、住みたい街に必ずランキングされる横浜の実情だ。港ヨコハマに何か勘違いされている地方都市出身の方は、横浜市内の公共交通機関や道路網の脆弱さはこころすべきであろう。
実は午前中、車で三保方面に行ったついでに様子を見てやろうと中原街道に入ったが(途中道に迷って中山まで出て右折した)、これがまた激混みである。このイベントが主原因かどうかはわからないが、要は渋滞の車のおそらくは80%以上はズーラシア目当てである。ズーラシアに向かうには自家用車でもバスでも中原街道から入るしかない。反対側の三保道路(←なめこさんの通称)には地元ローカルではある程度有名な梅田谷戸水路橋のごく近くで隣接しているが、こちらには人間を含めて出入口はない。結局左に車線変更してズーラシアはスルーし、都岡方面に直行した。

ズーラシアとこの里山ガーデン辺りの地形は非常に複雑である。その上宅地造成による地形改変や、動物園という名の私有地化(笑)により、尾根探索業界(だから何よそれでも泣かせどころだ。


この地図の説明をすると、右側の斜めに走っている45と番号が振ってある道路が中原街道、「よこはま動物園ズーラシア」の文字を挟んで左側を縦に走る「緑区」文字が載っている道路が三保道路である。ズーラシアの上、介護老人施設のさらに上の尾根を挟んで凹んでいるあたりが里山ガーデンの位置になる。里山ガーデンはズーラシアと道路を挟んで対面にあるはずだが、地図上離れて見えるのはそれだけズーラシアの敷地が広いということである。
東西にくねくね走る一点鎖線は横浜市緑区と旭区の境界、若干はずれているところもあるが(例えば前出の梅田谷戸水路橋あたり)概ねこのラインは、鶴見川と帷子川の分水界に一致する。
神奈川県のローカルな川なので地元以外の方にもある程度わかるように説明すれば、鶴見川とは東京から横浜方面に向かった場合、京急でも東海道でも東横でもいいが、多摩川の次に渡る大きな川である。小机の先から横浜線がだいたいこの川に沿っている。
一方の帷子川であるが、支流を含めて概ね相模鉄道がその流路の沿線である。だが京急でも東海道でも東横でも一体どこで帷子川を渡るのかがよくわからない(笑)。理由は、現在の横浜駅付近は江戸末期以来の埋立地であり、元々の帷子川は海であった埋立地に到達する前にとっくに終了しているからである。だが埋め立てた後の川の排水口はあるわけで、概ね横浜駅の手前と向こう側でこっそりと渡っているのがそれである。

私はこの分水界を斎場近くの長津田町まで、数日かけて一度辿ってみたことがある。両川の分水界(実際は下流域に別の小河川が間に入っているので帷子川流域の北界(左岸界))は、下流側の浅間台の辺りから登って、神奈川区羽沢の南端の保土ヶ谷区との区界を捕まえてしまえば、あとは区界に沿ってある程度きれいに辿ることができる。だがこのズーラシアの中は辿ったことがない。別になめこさんが貧乏で入園料を払えないからではない。まず少なくとも西側半分はズーラシアの管理領域で一般人は侵入できない。そして東側は私が以前行ったときには工事中(現在の「アフリカのサバンナ」という領域)で入れなかった。その北側の尾根筋を園内バスが周回しているようだが、ここは人間は歩けるのだろうか?歩けなければバスで尾根探索することになる。バスで探索とは優雅なものだが、そうなると入園料800円とバス代200円を負担しなければならない。

この分水界を辿ったのがいつであったのかはっきりしない。多分昨年の大惨事によるものだろう。その頃の画像が残っていないのである。歩くStreetViewと言われる今のなめこさんみたいに、ブログのためにばんばか写真を撮っていた時代ではないが、それでもズーラシアの北駐車場の辺りや、えらい迂回をして梅田谷戸水路橋の辺りの写真をばちばち撮ったことは記憶している。とはいえ断片的に残っている画像はあって、西区の追分(いわゆる浅間台側)をスタートしたのが2015年の1月(なんか降雪してるし(笑))

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同日、尾根の眺望の良いところからだろう、スカイツリーのようなものが見えたり、、、

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そしてその数日後であるが、この画像が1枚残っている。

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実は後で出てくるのだが、尾根筋の道路から見える、秘境のような景色である。
この画像から少し西に進んだ左側の森林、何もなかったところだが、そこが今、里山ガーデンになっている。




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